蒼い月の眠る森 〜外伝 第一話、神名潤は〜

 

 

午前6時17分。

 朝。土曜日の朝。いつもと変わらない、朝。だがどことなく爽やかで、いつもより一段と涼やかだ。

周りには、鳥の鳴く声、風で揺れる木の葉の音。朝の香り。顔をあげると、緑色の葉が光に透けて見える。

 

・・・・ふと自分のまわりに目を落とす。

 青いエプロン・・・黄色い縞模様のはいった菜箸・・・フライパンで焦げる、俺の朝飯。

じゅーじゅーと音をたて、卵焼きとベーコンを適当に混ぜたかたまりが、いい感じに焼けてきている。

今日もコレ。食にうるさい親父と姉貴のわがままを聞くために食費を自分だけでも切り詰めなくてはならない。

 

目の前の窓からだけでも朝の香りを楽しむ。どうした、って・・・だって俺の後ろは言葉にできないほど混沌としているから。

どんな状況かは各自想像するように。

 

親父は朝7時に起きてくる。

休日なんだから遅くまで寝ていてもいいのに、朝早くから仕事を始めるもんだから、家事をする俺にとってはかなり迷惑。

それまでに前日親父が散らかしたボードゲームやらテレビゲームやらお菓子やらの残骸を片付け、ついでに自分の朝飯も済ませ、高貴なお二人さんの朝飯までつくらなきゃならない。

 

コンロの火を消し、タッパーに入った昨日の残りのご飯を俺専用の青いボーダーの茶碗に盛った。

その上にまだ余熱で焼けている卵とベーコンが混ざったなんじゃこりゃなかたまりをぶっかける。

名づけて「卵ベーコン丼(そのまんま」。

最近、毎朝コレ。残り物の固くなったご飯に、卵とベーコン。たんぱく質が豊富だがその他の栄養はさっぱりだ。

とりあえずほうじ茶と一緒に卵ベーコン丼をかっこんで、流し台にIN。片付けは後だ。親父が起きてくるまで、30分。

 

「今日は納豆でいいか」

納豆は水道代と洗剤の節約に役立つ。なぜって、なんだか知らないけど納豆のねばねばは洗剤の泡を増やしてくれるからだ。

少量の洗剤で、納豆のねばねばがあるとないとでは洗える皿の数が違う。しかもねばねばしない、におわない。最高。い○う家の食卓でやってた。

ご飯、納豆、味噌汁、梅干。大豆と梅干を一緒に食べると健康にいいって、み○もんたの番組でやってた。親父好きだし。

食にうるさいといっても、二人とも質素な料理を好んでくれるから幾分か楽だ。

 

6時45分。昨日の夜予約しておいたご飯が炊けた。10分くらい蒸らして、親父専用「ミリアルドモンスター(十億の怪物ってとこか)」の文字がはいった茶碗に盛る。

色々と具の入った味噌汁を、安っぽい漆器の器によそい、冷蔵庫から納豆のカップと梅干をとりだしてテーブルに並べた。一息。

「あ、箸・・・」

箸を忘れてた。親父専用「High-speed chopsticks(直訳すると高速の箸だ)」がうざいほどプリントされてある箸をテーブルに置く。

7時。

「お早う」

「お早う。朝飯できてるよ」

親父が起きてきた。いつも7時きっかり、病身が一番上にきたときに起きてくる。いつもそう。でも偶然とか、時間感覚がすごいってわけじゃない。

親父はいつも5分前に目覚ましをかけ、7時ちょっと前まで待っておりてくる。「不思議パパ」のキャラ位置でも狙っていると見た。もうバレてるっつーの。

でも俺は言わない。そういう変な親父が好きだから。

親父が食べている間に片付け。終わったらリビングのソファにダイブだ。

でも親父は食べんの早いから、あんまり休んでられない。

「ご馳走様」

・・・・記録更新。9分台突入。休めやしない。

 

 

とりあえず第一段階は終了だ。7時半ちょっと前。親父は書斎へ引きこもった。リビングから出て行く前、

「愛姫に、起きたら私が呼んでいると伝えておいてくれるか」

と言われた。

 

ふらふらの体で二階にあがり、仮眠をとる。寝るのは深夜1時くらいで、中学生で体の弱い俺には5時間の睡眠はツライ。

姉貴が起きてくるのは必ず9時を過ぎる。だから大体俺は9時に起きて、姉貴の朝飯を作る。

 

ピピピピピ・・・

もぞもぞとベッドから這い出て、姉貴の部屋の前へと向かう。

おきているかどうかは床を見る。毎晩、スリッパは何故かドアの外の廊下にぶん投げっぱなしで、スリッパが転がっているかどうかで寝てるか起きてるかわかる。

スリッパは靴占いのくもりと雨の状態で転がっていた。寝てる。

朝飯・・・親父と同じメニューでいいや。

 

エプロンをひっかけ、姉貴の黒猫と月が描かれたモノクロの茶碗にご飯をよそおうとしたとき。

 

「ひあええっ!ふえっ?」

二階からやっと聞き取れるくらいの声が聞こえた。

うちは防音が物凄くて、人の声なんか絶対に聞こえないようになってる。それでも聞こえるんだから、どんだけでかいんだって話。

「姫ー。起きてるんなら下りてこいよ」

階段下まで行って、拡声器でどなりまくる。大丈夫大丈夫。外には聞こえないから。

 

降りてきた姉貴を見るなり、俺は噴出してしまった。目の周りにめやにがくっつきまくっている。

「お早う、姫。今日も目ヤニでメイクか?個性的で何よりだな」

言った途端に姉貴は洗面所に走っていった。

俺は姉貴を姫って呼んでる。名前が愛姫(えひめ)。なんか愛媛県みたいだろ。つか3文字とかたりぃから、「姫」。

今のうちに用意しておこうと思い、納豆のパックを探しに冷蔵庫を引っ掻き回した。

 「ねぇ潤」

 後ろから声がした。

「何、姫?」

 振り返ってみると、顔を洗い、髪をきちんととかした姉貴が立っていた。

「なんで私が起きてるの分かったの?何で今日に限って起こすの?いつもは放っておくくせに」

と心底疑問に思っているような顔で問う。

「朝っぱらから質問攻めかよ。お前の変な悲鳴が聞こえたんだよ。
まあどうせベッドの下に美味しそうなケーキがある夢でも見て、食おうとしたら代わりに床を食うハメになったんだろうと思ってたけど」

今日朝一番の冗談。俺の才能の一つだったりする。

姉貴はちょっと笑って、ちょっとしかめっ面をしてからいつもの調子でかえしてきた。

「違っ・・・!そんな食い意地張ってないよ!変な夢を見たんだよ」

「最近よく見るんだろ・・・俺にはその内容は教えてくれないけど、やっぱり食い物の夢なのか?」

とりあえずいつもの調子で答える。本当は深刻そうな顔して真面目に話したい。

でも姉貴の顔は、最後の一言を口にしたときに曇った。きっと辛い夢なんだろう。

そんなことを考えていると、姉貴がいつの間にか自分の顔をまじまじと見つめていた。

「で、なんで今日に限って起こしたかというと」

なんだか恥ずかしくなって話題をそらした。

「父さんが姫のこと呼んでるから。早く行けよ」

姉貴は一瞬ぼうっとしてからうなずき、親父の書斎に向かった。

 

さて、用意をしよう。親父とおなじようにてきぱきと朝飯を用意した。

多分、それなりに時間はかかるだろう。とりあえずラップかけて・・・そうだ、もう一品作るか。

冷蔵庫をひっかきまわすと、少し小さめの鯖があった。それを焼いて、七味唐辛子をかけて、朝鮮焼き。

 

ふと、パタンというドアと閉じる音が聞こえた。終わったようだ。

「姫ー!朝ごはんできたぞ!」

廊下は防音になっていないからそのまま怒鳴った。

すぐに「あーい」という間の抜けた返事がかえってきて、ぱたぱたと姉貴が廊下を歩いてきた。

鯖の油で汚れた手をふきんで拭きながら、現れた姉貴に顎でテーブルを指し示す。

「今日は和風ですよ、奥さん」

「ごくろうさま」

姉貴はテーブルについて、俺のつくった朝飯を食べ始めた。

 

「ふぅ・・・」

思わず溜息が漏れる。あとは皿洗いをして、台所を片付ける。掃除は昨日したから今日はいいか。

洗濯は・・・姉貴のパジャマしばらく洗ってないな。姉貴が着替えたらやろう。親父はパジャマ洗濯機に放り込んでくれたかな。

「ご馳走様」

 

 

・・・・早ぇ・・・・・

5分と経っていないはずだ。かなりの早食い。それでもかなり痩せているのが不思議。多分エネルギー効率が悪いんだろう。

たくさんエネルギーがないと、動けないってやつ。つまりたくさん食べても消費されるから太らないってわけだな。

俺の場合、エネルギー効率がいいから、少ないエネルギーでたくさん動ける。食べる量は少なくて良い。

「また寝るのか?食った後すぐ寝ると牛になるぜ?」
「誰が寝るんだよ!」

 あはは、と笑って姉貴が二階にあがっていった。

 

一日で忙しい時間の一つが終わった。後は選択して、少し片付けをすれば自分の時間をつくれる・・・

 

俺の朝まいつまでも、卵ベーコン丼。


 此方様のサイトで4000を踏みましたので『蒼森の外伝』をリクエストしました。
 後で思いついたら挿絵の方をお礼として描きたいと思います。