『静観するもの』乱麻様から相互記念
和風な造りの、とても大きな家。手入れが行き渡っている庭。
訪問は、初めてではないが。少し抵抗はある。
でも、そんなことは気にせずに
「おっじゃましまーす」
俺、風野ハヤトは普通に訪問します。
その表札に記されているのは、「神」の「剣」と書いて
神剣。
「ホラ、茶だ」
「おぉ、悪いな」
とりあえず客間に通してもらい、俺は座布団の上に胡坐をかいて待っていると、神剣がお茶を持ってきた。
ついでにお茶請けも持ってきてくれたが、俺はそれを見て顔をしかめる。
「相変わらず、お茶請けがスルメとは変な家庭だな」
「文句があるのなら帰れ」
冷たくあしらわれたので、俺は「冗談だ」と言ってスルメを口にする。
「まったく、授業時間、休み時間、挙句に生徒会の時間に『今日、お前の家に泊めてください』と何度もメールしてきやがって。遠慮という言葉を知らないのかお前は」
「それで泊めてくれるお前もお前で甘いけどな。どうりでお前より歳食ってる家族はあんなになるわけだ」
神剣は茶を一口啜り、訊いてくる。
「何故、泊めて欲しいんだ?」
「あー……それはだな」
「それは?」
「ナエが、友達の家に泊まるそうなので」
「…………」
神剣が、呆れたように溜息を吐く。そして、答えた。
「要するに、寂しいんだな?」
「……ハイ」
反論する余地も無いので素直に認める。
だって仕方ないじゃないか!! 畜生!
「まぁ、お前のシスコンぶりを見たら分からなくもないが。特に興味も無いが、風野妹はどこの友達の家に泊まりに行ったんだ? 風野妹には熱烈なストーカーが居ただろう。心配ではないのか?」
「珍しいな、お前が他人を心配するとは」
神剣が珍しく人を心配しているので、俺は少し感心する。
神剣はうざったそうに眉をひそめたが、気にせずに俺は答える。
「その件はもう心配要らないと思うぞ。アレ以降、アイツがナエに近づくことはなくなったし。俺を見るたびに逃げるようになったし、それに……」
「それに?」
「実は……泊まりに行った家って、桐谷の家なんだ」
「それは、またなんともコメントしづらいな」
神剣がどう反応すればいいのか困っている。俺だって困る。
実際、あいつの家って、表の手段では見つけられそうにも無い。俺も行ったことはない。
とりあえず、アイツの性格から想像できるのは凄い質素なアパート……いや、アジトと言った方がいいかもしれない。そんな感じの建物だ。
「いや、ある意味安心ではあるんだがな」
アイツから何かを奪うのは、並大抵のものでは無理だ。
少なくとも、あのストーカーには絶対に。
「む、そろそろ夕食の時間だな。風野、居間に移動してくれ」
「え? 俺も一緒に食っていいのか?」
「別に構ないぞ。ウチの家族は、お前と面識あるしな」
神剣が立ち上がって移動し始めたので、俺も立ち上がりそれに着いていく。
相変わらず、広い家だ。
「ほら、風野。ここでゆっくりしていろ」
「おぅ」
短く返事をして、俺は居間に居座る。
居間には、確か俺がお年玉をあげた……蒼伊さんが居た。
「こんにちは」
俺が挨拶すると、蒼伊さんは歳不相応……と言うか、とても無邪気な笑顔を向ける。
「いらっしゃい、風野くん」
「この間はナエがお世話になりました」
「いやいや、とても行儀のいい子で、むしろウチに欲しいぐら―――――――いッ!」
その言葉に俺は思わず快刀乱麻を蒼伊さんの首につける。
蒼伊さんの顔面は蒼白していて、両手を挙げて降参のポーズをとっている。
それを見て俺は快刀乱麻を解除した。蒼伊さんはホッと胸を撫で下ろしている。
「何か言いました?」
「イエ、ナニモ」
凄い片言で蒼伊さんが答える。
うん、何も言ってなければいいんだけど。
その後、蒼伊さんが秘蔵のエロ本を見せてやろうとか言って、持ってきたが丁度俺に「晩飯は魚で良いか?」と訊いてきた神剣と鉢合わせし、没収され古本屋に売る物リストに追加された。
すでにそのリストは満杯で、どんだけ迂闊なんだこの人と、同情の視線を向けることしか出来ない。
何度か俺に助けを求めるようにチラリチラリとこちらを見ていたが、訪問数回目の俺にしてはあまりにも対処しにくい救助内容なので無視。
すいません、蒼伊さん。
「析羅と付き合う気はあるかい?」
「ありません」
かなりさっぱり、と言うか薄口仕上げの晩飯を頂戴して、それなりに美味かったので満足して腹を叩いて居たところに、神剣の父、市射さんにちょっとこっちに来なさいと呼び出されたので、神剣が居ない客間に移動。
そこには、神剣の祖父、麹さんまでいるから、これはただ事ではないなと思って気を引き締めて話を聞いたところ、天地がひっくり返ってもありえないことを言われたのでスッパリとお断り。
やめてくださいよ。俺には……特に誰も居ないけど。
別にナエさえ居れば結婚出来なくても構わない。
「て言うか俺、男ですけど。日本では同姓婚は認められていません」
「……残念だ」
麹さんは本気で残念がっている。すまん、神剣。もしかしたら近いうちに家族が一人居なくなるかもしれない。
「では、気になる同姓とかは……」
「同姓限定ですかッ! もっと他の選択肢は無いんですか」
「では、気になる析羅は」
「さらに限定されたぞオイ。 もはや一人しかいねーじゃねーか」
もう面倒くさいので、彼らを振り切り俺は部屋を出る。
神剣も大変なんだな。良くわかった。
「お帰りなさい、風野さん」
「おぉ、志爛くん。その黒糖にさらに砂糖かけて食うのは確実に寿命を縮めるからやめようね」
俺の制止を聞かずに、志爛くんは砂糖つき黒糖を食べ続ける。
「要ります?」と訊かれたので丁重にお断りしておいた。ナエのシュークリーム症候群(俺命名)も大したものだが、志爛くんのは度を越している。
と言うわけなので
「一番まともそうな真久利さん。しばらくこの門下生部屋に置いてください」
もはや真久利さんの私室となっている門下生部屋で、俺は座布団に正座して座り、呑気にお茶を啜っていた。
うめぇ。お茶請けがスルメも悪くないな。
「それはいいけど、析羅の部屋に行けばいいじゃない」
「そうしようと思ったんですけど、ちょっと色々ありまして」
「析羅と喧嘩でもしたの?」
「いえ、特に神剣とは何もないんですが」
俺の返答に真久利さんは不思議そうに首を傾げる。
まぁ、そうでしょうね。でも、俺も出来れば言いたくはないのでそのまま黙っておく。
「それより」と俺はスルメを噛み切って話題を変える。
「神剣、あなたに対してどうですか? 姉弟らしいし、ほら、いつも皆の前では『真久利』だけど、二人きりの時には『お姉ちゃん』とかに変わったりしないんですか?」
俺の質問に、真久利さんは「うーん」と考える素振りを見せて、答える。
「ないわね」
「考える必要ないじゃないですか」
俺の冷たい返事に、真久利さんは「あ、でもでも!」と反論した。
「析羅、一回だけ私のことを『姉さん』って呼んだことがあるんだよ!」
「へぇ、何時ですか?」
「詳しいことは、『少年の罰当たり 番外編 その4』を見てね」
「思いっきり宣伝ですか」
※本当に言ってます。
「疲れた」
真久利さんの部屋から退室し、神剣の部屋に移動。
恐らく宿題をしていた神剣は俺の侵入には気づいたが振り返ることは無い。
なので俺はそこに座り込んで、とりあえず感想を言ってみた。
「何が疲れたんだ?」
神剣はこちらに振り返り、俺に問う。
「お前の家、個性的な連中ばかりだなって」
「それは若干否定しないが、この西神山はそんな奴等ばかりだ。そもそもお前だって―――――――――――」
「でもさ」
俺の言葉は、神剣の意見を遮る。
俺は、満面の笑みで告げた。
「暖かい家だな」
俺の言葉に神剣は目を丸くする。
そして、フッと小さく笑った。
「あぁ」
その神剣の笑みは、少し満足そうで。
いつもにぎやかなこの家が、少し羨ましくなった。
終わり
あとがき
―――――と言うわけで、ハヤトと神剣家でした。
慶美様との相互リンク記念に書かせていただきました。
何だか、この小説を書いてる途中に、ふと懐かしく感じてしまいました。
ハヤトが(私の頭の中で)生まれて、リレーに参加し、慶美様と知り合ってお互いのキャラを小説の中に出したり、絵を書いていただいたりもしました。
そんな風に感じたので、今までのハヤトと析羅さんの活躍を振り返るように書いてみました。
慶美様の「少年の罰当たり」や、「落とし主や交番を求めて」「新春初詣騒動」などを参考に見返して思わずクスリと笑ってしまったり。
とても楽しい数年間でした。これからもよろしくお願いします。
というわけで、相互記念の小説を頂きました。
久しぶりに神剣一家を見た気がします。
まことにありがとうございました!! こちらこそ宜しくお願いします!