〜Fairy bring a happiness〜



「……ふぅ」
 小さくため息をつく。
 窓の外には、こんこんと舞い降りる純白の妖精。
 1年でもこの時期だけにやってきては、すぐさまその姿を消してしまう儚き存在。
 人々は――それを、雪と呼ぶ。
 そして、私も雪。
 ――理由は知らないけど、私の名前もそれ。
 だからって、何か親近感が湧くわけでもなくて。
 むしろ、子供の時からからかわれる原因となった『それ』だから、私はあんまり好きじゃない。
 ――だけど、今日だけは特別。
 まだ『今日』じゃないけど、もうすぐ『今日』になるから、そういうことにしてる。


 ――誕生日
 

 それが今日、私に与えられたもの。
 カレンダーにも載らない、他人にはどうでもいい日かもしれないけど。
 私にとっては、ちょっとだけ大切な一日。


「……はぁ」
 ――そんな日に
 何かを望んでいるわけじゃなくて。
 ましてや、自分自身何を望んでいるか分からなくて。
 それでも、何かを待ち続けている自分がいる。
 ――まったく、訳の分からない論理。


 手元のシャープペンを、人差し指と中指の間で一回転させる。
 不意に脳裏をよぎる疑問。
 ――こんなことをするのは、今という時間が憂鬱だから?
「ふぅ……」
 ――そんなの、分からない。
 例えば、目の前に広がっている数学の公式を見ているのは憂鬱だけど……。
 これだけ落ち着かないのは、間違いなくそれとは別問題。

 いつもは、冷静を装っている私だけど。
 ――やっぱり、こんな日だけは期待してしまうのかな。――普通の、どこにでもいる女性のように。



 時計はゆっくりと時を刻み続けている。
 少しずつ、今日が『今日』になっていく。
 外の景色も、私の身体にも、何一つ変化はないけど。
 ゆっくり、ゆっくりと……その時は近づいている。



 視界の端に、あの人形が映った。
 私はそれを何気なく手に取る。
 黒を基調とした、現代ではゴシックロリータ風とでも言うべき衣服を纏った人形。
 フリルのついたスカートが特徴的で、『あいつ』はそれがいいと言っていた。
 ――ひょっとして、これがあいつの嗜好の一つなんだろうか。
 ……だとしても、あんまりスカートを履かない私が気にする必要はないだろうけど。
 ついでに『あいつ』っていうのは……まぁ、いいや。説明するのは、やめておこう。


 私は最初、この人形を買うつもりはなかった。
 ――そもそも、人形というものに興味がなかった。
 だけど、あいつは私にこれを勧めて、そして自分は自分で、違う色の人形を手にとって
(こういうのって、やっぱり欲しいじゃん。……ほら、繋がってる証拠っていうか)
 なんてバカみたいにクサイ台詞を吐いた。
 その時の私は、周囲のことを考えられないぐらい大笑いしたけど。


 ――だけど、結局私もそれを買った。
(……やっぱり、欲しかったのかな。……繋がりが)
 今思えば、そうだったのかもしれない。
 ――バカみたいに正直なあいつと、まったく想いを口に出来ない私。
 そんな簡単に崩れてしまいそうな関係を強める何かを――きっと、私は欲しがっていた。
 例え、それが興味のない『人形』というものであっても。



 ――でも、だとしたら。



 ――あいつには、こんな今の私が伝わっているのかな……?



 ――そろそろ、カウントダウンを始めよう。一人ぼっちのカウントダウンを。
 ――寂しくはない。
 学校に行けば、皆がいる。家の中なら、お母さんもお父さんも弟だっている。
 ――だけど、違う。
 私は特別を望む。
 何かをしたわけでもないのに、何かがあるわけでもないのに、特別を望む。
 もちろん、『当たり前』も欲しいけど……それだけじゃ、足りない。

「10……」
 小さく口元で呟く。
 ――何も変化はない。

「9……」
 ――変わらない
 変わっているのは、猶予時間。――私の空しい願いに対する、猶予時間。

「8……」
 ――結局、今年も同じかな。
 不意に……脳裏にそんな思いがよぎった。




 ――カツンッ


「…………?」
 ――今、何かが聞こえた。
 どこからかは分からなかったけど、何かがぶつかったかのような音。
 ――気のせいかな
 と、最初は思ったけど。


 ――カツンッ、カツンッ


 今度は続けて聞こえた。
 音質はさっきのとほとんど一緒。――やっぱり、気のせいじゃなかったみたい。
 だけど、私の部屋の中にそんな音を出すものはない。
 ――だから、きっとこの音は外から鳴っているんだろう。
 ――だけど、一体誰が……?

 そう思って、私はカーテンを開き、その奥の窓から外を眺めた。
 すると、同時に窓には小石がぶつけられる。


 ――カツンッ
 小さく、そう音を立てて。


 ――なるほど。さっきの音は、誰かが窓に小石をぶつけていたからだったのかと。
 そう思ったところで、再度窓から外を眺める。


 ――そして、見つけた。


 ――最初は目を疑いたくなったけど。


 ほら、やっぱり私は期待していた。
 その証拠に――私の胸は騒いでる。
 ひょっとしたら、少しだけ口元が緩んでいるかもしれない。
 窓を開ければ、吹き込んでくる冷えきった風。
 それに少し身体を震わせながらも、私は雪の中に佇むあいつに目を向けた。


 ――何て声を掛ければいいだろう。
 すぐさま考え付かない、自分の頭が恨めしい。
 だけど、それでもあいつは、私へと笑みを向けて
 ――ゆっくりと、言葉を紡いでくれるんだ。





 ――Happy Birthday――


終わり

あとがき
 ――これは、私と慶美さんの両方を含めた誕生日記念小説ということで……いいんでしょうか(迷惑だろ)
 ……ということは冗談ながらも、慶美さんの誕生日記念小説として書かせていただきました。
 相変わらず、私はただの男女を書くのが好きなのですが……こんなシーンを描いたのには、特に意味はありません。
 でも、面白かったです。即興のわりには……楽しんで書けました
 ……展開の早さは、申し訳ありませんが。
 ――お誕生日おめでとうございます。慶美さん。



 と、言うわけで 朔夜様からいただきました。
 本当に有難う御座います、そして何も返せなくて申し訳御座いません。
 後日イラストか何かでお礼出来たらいいなぁ…(お前の願望かよ!!)